パティシエとして夢を追えたのは、 経営のすべてを支えてくれる税理士さんがいたからです。
国内きってのパティシエとして知られる鎧塚俊彦氏と、TKC全国会の坂本孝司会長が対談を行いました。鎧塚氏が創業以来、頼りにしてきたのがTKC会員の大石尚彦税理士。いつでも身近に寄り添ってくれる“伴走者”として、会社の成長を支えてきてくれたそうです。
「ありがとう」を惜しまない
坂本 鎧塚さんがパティシエを目指したのは23歳の時とお聞きしました。
職人の世界に飛び込む年齢としては少し遅めのようにも思いますが・・・
鎧塚 実は23歳まではまったく違う仕事に就いていたのですが、新しいことがやりたくて、その時の上司に「菓子屋になりたい」と言ったんです。
もちろん上司には「何を言っているんだ」と笑われました。
でもその時、私は逆に「いけるかも!」と思ったのです。当時はパティシエという言葉すらない時代です。
目指す人も当然少ない。だからこそ、チャンスがあるのではと考えました。
坂本 逆転の発想ですね。それからパティシエとしての修行が始まるわけですね。
鎧塚 はい。まずは日本で6年修行し、その後、渡欧しました。
外国語は少しも話せなかったのですが、スイス、オーストリア、フランスのパリ、ベルギーの店で働き、結果8年間を欧州で過ごしました。
お菓子づくりについて学んだことはたくさんありましたが、言葉が通じない中でがんばってきたことが身になったと感じる点もあります。
たとえば、日本では「ありがとう」と言うべきところを言わずに済ませてしまうこともしばしばですが、外国では自分の気持ちを言葉にして伝えなければ相手に届きません。
その経験があるので、私は今でも誰かに感謝を伝えたい時には「ありがとう」と惜しみなく言います。
これもまたヨーロッパ修行で得た“学び”でした。
創業時からのパートナー、大石税理士は、なんでも相談できる存在
坂本 その後、2002年に帰国しますが、帰国後はどこかのお店に勤めたのですか。
鎧塚 いいえ。帰国したら自分の店を持つと決めていたので、雇われシェフの道は選びませんでした。
そしてお世話になっていた方に店を持つための相談をした時に、TKC全国会の会員税理士である大石尚彦氏をご紹介いただいたのです。
私にはどうしたら金融機関からお金が借りられるのか、そのためには何をすべきかといった知識がまったくありません。
ですから、法人の設立の仕方から資金調達に至るまで大石先生にご指導いただきました。
その力添えにより、2004年、東京の恵比寿に自分のお店「Toshi Yoroizuka」を開店できました。
おかげさまで、この店は評判となり、行列のできる店としてマスコミにも紹介されました。
大石 その後、東京ミッドタウンをはじめ、続々と店舗やアトリエをオープンさせましたね。
鎧塚 はい。私は「決めたことは絶対にやる」というタイプですから、大石先生には苦労をかけっぱなしです。
矢継ぎ早の出店ですと、金融機関は融資に慎重になります。
そんな時も、大石先生は金融機関の理解を得られる資料をつくり、資金調達に奔走してくれました。
私からすれば、大石先生は税理士でありながら最も身近なパートナーです。
会社経営全般において何か困ったことが起きたら、まず大石先生に相談するようにしています。
そうすると、さまざまな専門家とのネットワークを活かしてすべて解決に導いてくれます。
本当に心強い存在です。
坂本 私は、税理士は税務の専門家であると同時に、経営者のパートナーとしてさまざまな支援をしていくべきだと考えています。
大石税理士は、まさにその理想像ですね。
目指すのは、大きなビジネスよりも、大きなハッピーをつくること
大石 鎧塚さんは店舗経営だけでなく、エクアドルにカカオの自社管理農場を開設したり、神奈川県の小田原に地元農家とともにパティスリー&レストランをオープンさせるなど、ビジネスと社会貢献の両立を目指されていますよね。
鎧塚 根底にあるのは「おいしいものをつくりたい」という思いだけです。
おいしいチョコレートをつくるには、品質の良いカカオが必要です。
だから、エクアドルに約9千坪のカカオ農園をつくった。
その結果として、地元では仕事が増え、収入につながるという効果が生まれ、お互いにWin-Winで持続可能な取り組みになった。
最近の言葉でいえばSDGsに貢献できたということです。
小田原の「一夜城Yoroizuka Farm」は、地域活性化に貢献したいという思いから、地元の農家さんと一緒になってオープンした農地併設型のパティスリー&レストランです。
農地で栽培された柑橘類やベリー、野菜はメニューに使うとともに、直売所で販売もしています。
つまり、人を呼び込む効果と地産地消を両立しているというわけです。
コロナ禍で都市の飲食店は売上を落としていますが、「一夜城Yoroizuka Farm」の客足は落ち込んでいないばかりか、むしろ伸びているんですよ。
坂本 それは素晴らしいですね。
鎧塚さんは、パティシエとしての才能はもちろんですが、経営者としての才能にも満ちあふれているように感じます。
鎧塚 そんなことはありません。
むしろ私は「自分には才能がない」と思っています。
才能がある人はなんでも自分でできますから、自分でやろうとします。私には才能がないからこそ、人に頼り、任せるのです。
たとえば、税務や資金調達などは大石先生に頼りますし、お菓子づくりではスタッフの力を借りる。
農家さんたちとも一緒に汗をかく。
その結果、自分もスタッフも農家さんもお客さまも幸せになればいいと考えています。
事業を大きくすることよりも、大きなハッピーをつくることが目標なのです。
こうした絆を守るためには、自分が信用される存在でなくてはなりません。
たとえば、私はプライベートな出費を経費に計上することは断じてありません。
当たり前のことですが、厳格にそれは貫いています。
経営者が会社のお金を個人的に使うというのはスタッフや協力してくれる方の信頼を裏切り、失望させる行為であり、絶対にしてはならない愚かなことだと思っているからです。
職人気質を守るためにも、経営改善にこだわる
坂本 世界を代表するパティシエであり、経営者でもある鎧塚さんは、会計をどのような目でとらえて経営に活かしてきたのでしょうか。
鎧塚 スタッフは現在100名ほどいますが、彼らの生活を守るという責任が私にはあります。
「利益」という結果を出すために、どうやって無駄をなくすか、どうすればさらに効率化できるかを帳簿の数字を見ながらいつも考えています。
お菓子づくりは職人の世界です。昔は職人が金のことに口を出すな、といった空気もありましたが、それではダメなのです。
職人が腕をふるっておいしいお菓子をつくり続けるためには、良い材料を適正なコストで仕入れ、常においしいお菓子を店頭に並べられる環境、つまり安定した経営が欠かせません。
私は「職人気質」はかけがえのないものであり、この精神を失ったら日本は衰退するとすら思っています。
そんな「職人気質」を守り、未来に引き継いでいくためにも、私は大石先生の力を借りながら経営革新を進めています。
大石 「職人気質」を守るため、経営改革に取り組むとは、鎧塚さんならではですね。
鎧塚 経営者と税理士さんの関係について、私はこのようにとらえています。
たとえば、ゴルフのスイングでいえば、このスイングで良いのか悪いのか、自分ではわからないじゃないですか。
そんな時、プロに「こうした方が良い」とアドバイスをもらえると役立ちますよね。会社の経営も同じだと思うんです。
自分では良いと思っていても、実はもっと良いやり方があるのかもしれない。
それを信頼できる税理士さんが指摘してくれると、耳が痛いことも素直に聞けるし改められる。そんな二人三脚が、経営を強くしていくのではないでしょうか。
坂本 的を射ていて、わかりやすいたとえ話をありがとうございます。
TKC全国会はこれからも「会計で会社を強くする」ために、いっそう努力してまいります。