第3回 人手不足が進む中で今後予測される業務課題
はじめに
TKC「決算・申告応援マガジン」 でコラムを担当している、IS経理事務所代表の葛西一成です。
上場企業2社で経理部長を務めた経験をもとに、事業会社の経理パーソンに役立つ情報を提供してまいります。
現在、日本の労働市場は、少子高齢化や人口減少の影響により、さまざまな職種において人手不足が深刻化しています。
経理部門も例外ではなく、専門知識を持つ人材の確保が困難になっています。
今回のコラムでは、経理部門における人手不足の状況を踏まえ、今後予測される2つの課題と、それらに対する解決策について解説します。
1.人材育成の必要性
経理部門を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化しています。
デジタル化の進展、新会計基準の適用、インボイス制度や電子帳簿保存法といった税制改正や国際税務への対応など、経理業務はますます複雑化・高度化しています。
このような状況下で、経理部門には以下のような課題が生じています。
(1)専門知識とITスキルの両立
従来の会計・税務の専門知識に加え、ITスキルも求められるようになっています。ERPシステムの運用整備や活用に加え、データ分析などのツール活用など、習得すべきスキルの範囲が急速に拡大しています。
さらに、今後は生成AIを活用した業務改善策の検討・実行も求められます。
(2)高度経理人材の確保
経験豊富な経理人材の需要が高まる一方で、そういった人材は限られています。そのため、中途採用市場では、高度なスキルを持つ人材の獲得競争が激化しています。
(3)業務の属人化が進む問題
働き方改革の推進が求められる中で、限られた人員と時間で高度な業務をこなす必要があります。
これにより、一部の主要な経理メンバーへの仕事の偏りや負荷が増加し、業務の属人化が進んでしまうという問題が発生します。
このように専門性が高い業務対応が求められる中、経理人材の採用が難しいといった場合、経理部門としてすべきことが今のリソースを活用するための人材育成です。具体的には次のような育成策を実行する必要があります。
育成策①:メンバーの興味ある分野を重視した研修
専門知識が必要とされる経理業務に対応するため、経理メンバーのスキルもより専門性を高めるための研修プログラムを取り入れることを検討する必要があります。
その際、気にしておきたいのが経理メンバーの個性を重視した研修プログラムを提案するということです。
経理メンバーの中でも、連結や開示業務を得意分野とする人もいれば、税務が好きな人もいます。最新のシステムやツールを使いこなすことに興味を持っている人もいます。
ここで、メンバーの得意分野や興味のある分野を把握し、その分野のスキルをさらに磨き上げるための研修プログラムを実施することで、より専門性の高い経理業務に対応できる人材を育てることができます。
育成策②:属人化を防ぐための業務ローテーション
高度な経理業務に対応するために、前述では経理メンバーの専門性を高める研修を行う必要性を解説しました。
しかし、それを追求しすぎると、今度は各業務が属人化しやすくなるといったデメリットがあります。
そこで、一定程度の高度なスキルを身につけることができたら、新たな業務にも挑戦してもらえるような業務ローテーションも検討します。
この際、できるだけメンバー本人の希望も考慮した業務が担当できるよう調整をするといったことが、育成において重要となります。(メンバーのモチベーションを維持できるように配慮する。)
メンバーの得意分野や興味ある分野のスキルを伸ばしてあげると同時に、それが逆に属人化業務を生んでしまうようなことにならないよう戦略的な業務ローテーションも取り入れるなどして、バランスよく専門性が高い業務を担当できる人材を育成する必要があります。
2.外部専門家活用の必要性
前項では、経理の人材育成の必要性について解説しましたが、実際の現場では、育成だけでは対応が厳しいという場合があります。
現在の経理業務では、会計基準の適用、IFRS導入、国際税務への対応などの専門性が高い業務への対応のほか、自社の事業範囲の拡大やM&Aによる業務拡大に対応するための運用整備、新たなシステム導入が必要となるケースも増えており、即戦力の人材が必要となる場合もあります。
(1)高度な専門業務への対応
経理では、会計・税務処理の高度な専門知識やノウハウを必要とする場面がたびたび発生します。
例えば、自社において国際財務報告基準(IFRS)の導入、2027年4月以降に適用される新リース会計基準の適用、グループ通算制度やグローバル・ミニマム課税への対応などでは、会計基準や税制の理解はもちろん、それを適用した後の運用構築まで求められます。
しかし、これらの専門分野に精通した人材を確保するのは実際のところ非常に難しいと言えます。
(2)新技術やシステム導入への対応
昨今では、生成AIの活用による経理業務効率化の必要性も徐々に認識され始めています。
しかし、生成AIと経理実務双方を理解し、業務効率化に結び付けるような人材は限られています。
また、今の経理業務に必要不可欠なシステムについて、効果的な利用法を理解し、トラブルなく導入ができるノウハウを有している人材は少なく、せっかくのシステムを業務に活かしきれていない場合があります。
こうした専門性が高い業務の対応ができる経理人材は限られており、社内で常時雇用することは難しいでしょう。
仮に社内にいてもその人のリソースは限られており、すべての案件を担当することはできません。
そのため、社内の人材だけでなく、外部専門家も積極的に活用して業務を進める必要があります。
●外部専門家の活用例
①定期的なアドバイザリーサービスの利用
日々の経理業務における専門的な判断や、最新の会計・税務動向への対応のため、定期的なアドバイザリーサービスを利用します。
例えば、会計や税務処理において、判断に迷うような案件が発生した場合に、すぐに処理を完結できるよう気兼ねなく問合せできるような外部専門家と長期的なパートナーシップを構築します。
②プロジェクトベースでの専門家チームの利用
新しい会計基準の適用やシステム導入に対応するため、プロジェクトごとに外部専門家チームを編成する方法があります。
例えば、会計システム導入プロジェクトでは、より効率の良いシステム運用を構築するために、システムに精通している会計士やシステムコンサルタントなどから成るチームを組成します。
そして、プロジェクト期間中は、これらの専門家が常駐または定期的に訪問し、自社スタッフと協働することで、効率的かつ確実にプロジェクトを遂行します。
プロジェクト終了後も、必要に応じて継続的なサポートを受けられるよう関係を構築しておくことが重要となります。
③スポットのコンサルティング
突発的な課題や一時的なリソース不足、さらには新技術導入に対応するため、必要に応じて専門家を派遣してもらう方法も検討します。
例えば、M&Aに伴うデューデリジェンスの実施を専門家へ依頼するといったことや、国際税務対応のための支援などにおいては外部専門家の活用が当たり前に行われています。
さらには、今後は経理業務の効率化を推進するためのAI活用において、専門家の活用が増えていくことが想定されます。
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まとめ
少子高齢化による人手不足が進む中、経理部門では専門知識とITスキルを兼ね備えた人材の確保が喫緊の課題となっています。この状況に対応するためには、人材育成と外部専門家の活用が必須です。
人材育成では、メンバーの興味や得意分野を重視した研修プログラムを実施し、専門性を高めると同時に、業務の属人化を防ぐための戦略的な業務ローテーションを実施します。
外部専門家の活用では、定期的なアドバイザリーサービス、プロジェクトベースでの専門家チームの編成、スポットコンサルティングなどを活用し、高度な専門知識が必要な業務や新技術導入に対応します。
これら2つの方策を適切に組み合わせ、経理部門の機能強化と業務の高度化を図り、人手不足の課題に効果的に対応することが望まれます。
今後も、経理実務における課題と解決策について取り上げていきます。
引き続き次回以降のコラムもお楽しみください。
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プロフィール
元上場企業経理部長
葛西 一成 氏
大学卒業後、通信機器メーカ―、食品やIT系など複数業界の上場企業及び上場子会社経理を経験。 東証プライム・グロース上場企業2社で経理部長を務めた後、独立開業。 現在は、決算業務サポート/会計関連システムの開発導入支援/執筆活動に注力。
X(旧Twitter)では、フォロワー1.7万人超の「経理部IS」アカウント で、経理の仕事ノウハウに ついて情報発信中。
『週刊 経営財務』 にて「経理の1年〈新人編〉」を連載。
著書:『経理のExcelベーシックスキル』中央経済社