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冷静な状況判断が「売り上げ8割減」からの復活を導く

資金繰り新時代コロナショック編
長期戦が予想されるコロナ不況。「新時代の資金繰りのあり方」が、より一層、クローズアップされそうな雲行きだ。企業、金融機関、税理士の三位一体の取り組みをレポートする。


【有限会社絹もの屋まつなが × 燕三条税理士法人】


新潟県三条市で、呉服専門店「KIMONOギャラリーまつなが」(会社名「絹もの屋まつなが」)を営む松永一義社長。1949年、先代である母親が、外販スタイルのいわゆる「担ぎ屋」として商いをスタートして70年余。一時は新潟県全域、首都圏にも販路を広げていたが、1989年に現在のような店舗販売に切り替え、地元密着の「なくてはならない」店舗として存在することを選択した。


和装文化を維持・発展させる

松永社長は言う。

「以前は呉服のほかにも、学生服やカーテン、寝具なども扱っていましたが、店舗を構えてからはほぼ呉服一本に絞りながら地元密着の商いに切り替えました」

松永社長は当時、安定したビジネスを行うには実店舗がないと「信用されない」と感じていた。その意味では満を持した形での業態転換......。そのため、単に店舗を構えるだけではなく、地域に根付くためのさまざまな工夫を施した。“井戸端会議的なコミュニケーションのなかから、地域の和装文化を維持・発展させる”というスローガンのもと、店舗スタイルを結実させたのである。

1階の角にカウンターの喫茶コーナーを設置し、畳敷きの呉服売り場と無理なく共存させた。カップにはマイセンなど名器を取りそろえ、来店客の歓心を誘う。また、2階にはお茶会のための茶室を設置し、撮影場所としての機能も備えた。隣近所に憩いの場を提供しながら地域有数の品ぞろえでニーズに応えている。

それだけではない。松永社長自身、尺八や横笛を演奏し、地域の祭りや盆踊りなどにチームを組んで参加。あるいは、数々のお茶会を主催・協賛したり、地元の小学校に笛の演奏を教えに出かけたりと、地域への貢献と自らのビジネスを融合させる取り組みに駆け回っている。さらには、13年前、NPO三条成人式サポート協会を設立し、新成人に記念品をプレゼントする取り組みも手掛け始めた。

一方で悩ましいのが呉服市場の縮小。ある調査によると、15年前の2兆円から現在は2000億円程度と10分の1へとシュリンクしてしまっているとういうからこれはもう尋常ではない。その理由について松永社長が説明する。

「冠婚葬祭の場で着物を着る習慣が激減したのです。成人式での振袖の着用率は9割以上を維持していますが、結婚式では1割以下。葬式に至ってはほぼゼロでしょう」

それでも同社の業績が、堅調さをキープしているのは、前述のような松永社長の地元密着の取り組みの効果が大きい。なかでも売り上げの半分を占める振袖事業は、3代目の松永和之店長ら若手の従業員が手がけるフェイスブックやインスタグラムなどのSNSを使ったマーケティングによって、裾野を広げつつあるという。

三つの資金繰り戦略

去る3月1日、自店舗で開催された展示会は盛況を極め、数百万円を売り上げた。3月20日に実施予定だった三条市の成人式のニーズをすくい上げたのである。ところがその後、コロナショックにより成人式が11月に延期。5月の「三条祭り」も中止となり、さらには予定されていたお茶会も半減。突然、売り上げが立たなくなった。

「3月2日以降4月にかけての売り上げは、8~9割減と散々です。催事がほとんどなくなり、人を集めることが悪だという風潮になって、そうなるとうちのような商売は厳しいですね。しかし、あと数カ月はとりあえず自己資金を中心に耐えつつ、その後の新たな展開を模索していこうと考えています」

松永社長の当面の資金繰り戦略はおおまかに三つ。

まずは(1)自己資金。売掛金が4月時点で4000万円程度残っており、これを順次回収していけば、当面、数カ月程度のランニングコストはまかなえるという。

次に(2)「持続化給付金」。周知の通り、持続化給付金とは、新型コロナウイルス感染症の影響によって、ひと月の売り上げが前年同月比で50%以上減少している事業者に最大200万円が給付されるという国の支援事業。「返済しなくてもよい」資金だけに中小事業者にとっては貴重である。

さらに(3)金融機関からの借り入れ。同社の取引銀行は三条信用金庫と三条信用組合。この2金融機関とのコミュニケーションは極めて密で、三条信金には300万円の当座貸越の枠があり、この金額の範囲内ならいつでもノータイムで引き出せる。三条信組についても、今年に入って借入金のかなりの部分を返済した関係で「いつでも融資には応じてもらえると考えている」(松永社長)という。
 

金融機関との信頼関係

さて、(2)と(3)については、税務顧問である燕三条税理士法人の支援が効いている。同社では担ぎ屋商いの時代から、燕三条税理士法人の関与を受け、とくに店舗を構えて法人成りしてからは、自計化(経理ソフトを導入し自社で財務管理・分析を行うこと)、月次決算、経営計画策定、そして(燕三条税理士法人による)巡回監査・書面添付といったきっちりとした計数管理を行ってきた。巡回監査を担当する内藤一貴氏(燕三条税理士法人)は言う。

「毎月10日前後にここ(KIMONOギャラリーまつなが)にうかがい、前月の業績を確定します。その際、売掛金の回収を含めた資金繰りなどの計数的な課題を社長や専務(社長夫人)、店長と共有するわけですが、経営の根幹にかかわる話になることも度々あります」

(2)の持続化給付金の条件は「前年同月比で50%以上の減少」。既述の通り、同社の場合、4月の売り上げ実績は間違いなく半減以下。さっそく内藤氏は松永社長の依頼を受け、4月分の『FX2』から出力された「総勘定元帳」を添付してオンライン申請を実施。あとは実際の振り込みを待つばかりとなっている。きっちりとして計数管理、とくに月次決算の忠実な履行が、申請を容易にしたといえるだろう。

実は、松永社長と燕三条税理士法人の真島一誠代表(税理士)は高校の同級生。お互いの性格を理解し合っており、意思の疎通は万全だ。

「“まつなが”さんは、地域から厚い支持を受けている優良企業ですが、キャッシュフローにやや弱みがありました。そこで、ここ数年の間に、国の経営改善計画策定支援事業と早期経営計画策定支援事業を通じて経営のブラッシュアップを実践しました」

絹もの屋まつながの企業としての課題を抽出。決算セールや展示会の効率的開催による営業強化、あるいは売掛金の早期回収の徹底、棚卸しの精緻化、事業承継計画の策定などを実践。その過程では、三条信用金庫と三条信用組合の担当者を同社に呼んでのバンクミーティングやモニタリング会議を頻繁に開催。経営者、税理士、金融機関の三位一体の支援体制を構築していった。

さらに2017年には電子申告された決算情報がオンラインで金融機関に届く「TKCモニタリング情報サービス」(MIS)を導入。両金融機関とのつながりを堅固にした。

真島税理士が続ける。

「いかに危機的な状況を迎えても、金融機関との日ごろの付き合いが深ければ、かなりの確率で融資が見込めると考えています」

つまり、MISによって財務内容を包み隠さず開示し、経営改善計画策定支援のモニタリング会議でフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションをとるなどの取り組みを普段から実践すれば、(3)の「金融機関からの借り入れ」にもつなげることができるということである。

このように、とりあえずの資金繰りに不安はないものの、コロナ後にも継続することが予想される「人の集まりは悪」との風潮は絹もの屋まつながの屋台骨を揺るがしかねない。そのため、商いの方向性を微妙に変化させていく柔軟性も必要になってくる。
 

コロナ以降を見据えた戦略

和之店長は言う。「サービスの質を低下させないよう注意しながら、従来の案内状に加えてSNSに新作振袖を掲載するなど若者に訴求するマーケティングを行い、来店を促していきます。とはいえ、来年3月の新成人はすでに8~9割が振袖の調達方法が決まっているので、いまは、再来年の新成人にアプローチしているところです。集客の方法を現代風に変化させながら、なんとかこの非常事態を乗り切りたいですね」

新規顧客に対しては、以前のような直接訪問による営業活動は警戒されてしまうのでNG。和之店長は、「電話営業もあまり好きではない」という。「最初からごりごりと営業するのではなく、仲良くなってからその親密度をベースにしてさまざまなものをお勧めする。そんなスタイルにしていきたいと考えています」

店長をはじめとする若いスタッフが、新たな取り組みを模索する一方で、松永社長は、11月に延期された成人式を見据えながら、来店客の“戻り”に期待している。「成人式には毎年会場のワンフロアを借りて、髪と着付けを行っていますが、11月にもそのサービスをきちんと実践できるのかのチェックをするよう店長には命じています。また、3~5人の小さなお茶会を復活させることから始め、来店を予約制にするなどして密になることを極力防ぐなどの対策も実践したいですね」

さらに、メンテナンス市場の開拓ももくろむ。

「“たんすに眠っている呉服をメンテナンスしませんか”といった呼びかけを行い、新たなニーズを掘り起こせればとも考えています」

結局のところ、事業継続のために必要なのはコロナ以降の戦略の有効性である。その戦略を有効たらしめるためにも、松永社長と和之店長の思惑を燕三条税理士法人と金融機関ががっちりと支援していく体制は、必要不可欠といえるだろう。



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