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積極投資を貫く北海道発・映像プロダクションの挑戦

資金繰り新時代ウィズコロナ編
ウィズコロナの時代にはキャッシュフロー経営がますますモノを言う。金融機関との信頼関係と柔軟性のある資金繰り体制の構築が、リスクヘッジにもレバレッジにもなる。企業、金融機関、税理士のコラボレーションにスポットを当てる。


【税理士法人エンカレッジ×株式会社nice】

北海道でトップクラスの規模を誇る独立系映像プロダクション、nice。社長の巣内佳幸氏は、20代前半でniceの前身、札幌テレビハウスに入社。以降、常務取締役、代表取締役を歴任し、2008年、前オーナーからの事業承継(親族外)をきっかけにniceを立ち上げる。

主力業務はCM等の映像制作。強みは受注から納品までワンストップで請け負うことができる技術力である。演出、撮影、編集、音の調整、収録など、製作プロセスのほぼすべてを内製化している。巣内社長は言う。

「北海道のような地方では外注はコストがまるまる外に出ていくので採算が悪いんです。そのため、当社では積極的な機材投資を惜しまず、東京の同業者と同じようなクオリティーの映像制作をワンストップで請け負えるスタイルを貫き、生き残ってきました」

北海道では、北海道拓殖銀行が破綻した1998年前後から、独立系映像プロダクション受難の時代がやってくる。北海道経済が悪化し、大手系列企業との競合が激しくなり、従来以上のコストパフォーマンスが求められるようになったのだ。次々と同業者が倒れるなか、先行きを読んだ巣内社長の投資戦略が有効に働いた。

「映像機材は日進月歩です。リースだと償還期限までは使い続けなければなりませんから、時代の変化に機敏に対応するためにも、当社ではもっぱら“購入”してきました」と巣内社長。

最新の機材を購入すれば、その機材を何年で償却するのかの意識が生まれる。陳腐化するまでの機材の実質的な寿命を割り出し、それまでに元をとるような事業計画を作成すれば、能動的な経営ができるというわけだ。さらに......。

「ワンストップなので、どの部分にどれだけコストをかければバランスのとれた投資ポートフォリオとなるかが分かる。その意味でもキャッシュによる機材投資という選択の方が良いと思っています」

最新の機材と高い技術力は、東京からの仕事も呼び込んだ。現在では、年商の約20%を東京事務所が稼ぎ出している。
 

常に最悪の状況を想定
 

昨今のコロナショックはどうか。

「もちろん撮影のキャンセルなどが相次ぎ、大きな影響を受けていますが、もともとこの業界には“変わり目”が来ていました。従来の、多人数を集めての打ち合わせや撮影、あるいは徹夜が当たり前といった映画製作の世界のようなアナログ的な慣習を疑問視する傾向が出てきていたのです。当社でも昨年、実写とCGをデジタル合成できる“リアルタイムバーチャル合成システム”をつくるなどしながら、この変わり目をうまく乗り切ろうとしていた矢先のコロナでした。働き方改革も進めてきていたので、逆に考えて、“いまがチャンス”だと思うようにしています」(巣内社長)

このリアルタイムバーチャル合成システムだけでなく、今年に入ってキッチンスタジオを新設するなど、設備投資意欲は相変わらず旺盛だ。しかし、巣内社長は決して“イケイケ”の経営者ではない。同社の税務と会計を指導している税理士法人エンカレッジの吉田幸広税理士は言う。

「巣内社長は冷静に先を読みながら、常に最悪の状況を想定して戦略を組み立てる経営者だと思っています。先を読むための材料として会計データを重要視されており、緻密な計数管理を実践しながら経営を回されています」

niceを設立した08年、巣内社長は、まず税務顧問を変更した。

「会社を承継した段階で、もっとも大事なのは顧問税理士だと考えました。記帳代行ではなく、会社の戦略的ブレーンとして意見してもらえる方にお願いしたかった。たまたまエンカレッジさんとご縁があり、適任だと......」

投資にはリスクがつきもの。五里霧中のなかでのあてずっぽうの投資は大抵失敗する。巣内社長は手元のキャッシュフローと借入金、あるいはファクタリングなどを組み合わせながら、投資リスクの最小化につとめてきた。それをフォローする役回りとして、巡回監査、月次決算、経営計画策定、書面添付(※)などのTKC会計方式を実践する税理士法人エンカレッジが適任だったということだ。
 

リスクヘッジの手段を獲得

さて、新型コロナ感染症が猖獗(しようけつ)を極めはじめた3月25日、巣内社長が「対話型当座貸越(無保証)」という商品によって3000万円の融資枠を設定したのも、そんなリスクヘッジの一環である。短期継続融資の効用を訴える吉田税理士の勧めだった。

対話型当座貸越の詳細は右表の通り。極度額の範囲内なら最小限の事務手続きで即座に融資が実行される。吉田税理士はさっそく商工中金札幌支店を訪れ、この商品の北海道での適用第一号にniceを推薦。財務内容が良い上、「TKCのモニタリング情報サービス」(MIS)を利用している同社は、融資要件に合致。まったくの新規取引先だったにもかかわらず、極度額いっぱいの3000万円を設定できた。

正常運転資金を短期融資で、将来に向けての投資を長期融資でまかなうというのが借り入れの基本である。ところが、バブル崩壊以降、運転資金まで長期で調達する傾向が当たり前となっていた。運転資金不足のたびに長期の借り入れを起こしていたら約定返済が何層にも重なり身動きがとれなくなってしまう。その意味でも、巣内社長は、まっとうなリスクヘッジの手段を手に入れたといえる。

とはいえ、巣内社長が足もと資金ショートに悩んでいるという事実はない。にもかかわらず、転ばぬ先の杖(つえ)として対話型当座貸越の枠をつくり、また、これとは別に、コロナ騒動が始まってすぐの2月、セーフティネット保証4号と5号(※)を活用して、千万円規模の手元キャッシュフローを確保した。これも金融機関との密な関係性から生まれた、いわば必然の施策と言えるだろう。吉田税理士は続ける。

「巣内社長は、われわれ税理士と金融機関を経営パートナーとして考えておられます。この対話型当座貸越は、文字通り、各事業年度に1回、3者が集まって対話(会議)を行うことが要件となっており、それが巣内社長の琴線に触れたようです」

 ちなみに、最初の「対話」は3月にnice社内で行われ、コロナ禍への対処法など、さまざまな意見が交わされたという。
 

「イエスマンはいらない」

巣内社長の金融機関への向き合い方は、顧問税理士の場合と同じで一貫している。経営ブレーンとしての役割を期待しているのである。自らと金融機関、顧問税理士の3者が同じ方向を向き、「会社の成長」という同じ目標に向けて力を合わせる......この三位一体の理想形を追求する巣内社長の姿勢にブレはない。
 

「創業当初はどうしても金利が気になっていましたが、今は、コンマ何パーセントの金利の動向よりも、とにかく有用な情報をいただきたいというのが先です」
 

投資を行う場合、必ず吉田税理士と取引金融機関に相談をして意見を求めるという。その投資の合理性はあるのかないのか、あるとすればどこまで投資すべきか、など専門家の立場からアドバイスしてもらう。「イエスマンはいらない」と巣内社長は言う。
 

ことほどさように、巣内社長の経営者としてのコア部分を形作っているのは合理的かつ機動的な思考である。たとえば、決算内容をわざわざコピーして金融機関に渡すのは「ナンセンス」(巣内社長)だし、業績をそのまま開示することにもまったく抵抗はない。そのため、吉田税理士にMISを勧められた際には、二つ返事でOKした。
 

業務についても同様だ。
 

リアルタイムバーチャル合成システムの開設に当たっては、大手のように欧米の技術ではなく、コストパフォーマンスの観点からトルコやクロアチアといった“サードワールド”の新技術を使用したり、あるいは、身近なところでは開催数日前に地元の高校の校長から依頼された「リモート卒業式」を引き受けたりと、合理性と機動性を発揮しながら、地方の企業としての特徴を生かし中央に対抗しうる体制づくりに邁進している。さらに、キッチンスタジオをつくって料理の周辺で派生する情報発信の場を創出したり、自由に視点が変えられる360度動画への対応を模索するなど、コロナ後の成長要素の育成にも余念がない。
 

「成長のためにはリスクをとらなければなりません。それが私のような特別な資産を持たない経営者としての仕事です」という巣内社長。「リモート」が当たり前となるだろうこれからの社会は、北海道という地方を地盤にするniceには追い風となる。この追い風を生かし、コロナ不況を乗り越えるために最低限必要なのは、金融機関、税理士との資金繰り面での堅固な協力体制だろう。
 

※書面添付制度(税理士法第33条の2)
申告書作成のプロセスにおいて計算、整理、相談に応じた事項を明らかにした書面を申告書に添付し、税務の専門家である税理士が、その申告が誠実に行われていることを示す制度

※セーフティネット保証4号、5号
特定地域の災害によって、あるいは全国的な業況悪化によって経営の安定に支障が生じている中小企業者に対して、一般保証とは別枠の保証を信用保証協会が行う資金繰り支援制度




TKC「会計で会社を強くする」