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月次での限界利益確保を可能にした緻密な創業計画の効用                   

「TKC経営指標」が定義する優良企業の要件を満たす中小企業は、いかなる流儀を貫いているのか。優良企業の要件を満たしているNSU物流サービスとフロントフォワードの2社を取材し、その流儀に迫った。

石塚啓治税理士、経理担当の松原真紀子さん、松原辰憲社長、小栗広紀浜松いわた信用金庫係長

【石塚啓治税理士事務所 × フロントフォワード】

 従業員の雇用、資金繰り、信用の確保……。フロントフォワードの松原辰憲社長は6カ年の創業計画に基づき、起業後に直面するカベを突破してきた。社名のごとく前進しつづける同社の財務マネジメントに迫った。
 
 浜松市内の自動車販売店を主要顧客とし、カーナビ、ETC等カー用品の販売、取り付けを手がけるフロントフォワード。若者のクルマ離れが言われて久しいなか、創業7年を迎えたいまも成長軌道を描いている。その原動力となっているのが、豊富な商品知識と作業経験を有する従業員である。創業当初はもっぱら販売を行っていたが、確かな技術力を頼って取り付け依頼が徐々に増えていく。松原社長と8名の従業員が商品を取り付けるクルマは、月間500〜600台にのぼる。
 「自動車販売店さま同士の口コミを通して、取り付け業務が続々と舞い込んだのはうれしい誤算でした。販売部門は仕入れが発生するため利幅が限られるのに対して、取り付け工賃は全額当社の収入になるため、事業の柱として将来性を感じています」(松原社長)
 近年はあおり運転対策としてドライブレコーダーの需要が伸長。折からの自動車整備士不足も相まって作業依頼は衰える気配がない。個人客よりも法人である自動車販売店の方が、リピート需要が見込め、作業効率を高められるとの松原社長の見立てが的中した格好だ。
 
■綿密な計画がやる気を喚起

 フロントフォワード創業前、松原社長は自動車メーカー系列のカー用品販売店に20年間勤務していた。浜松市内の店舗を店長として切り盛りしていたが、用品販売がECサイトに集約されたことにともない、実店舗は閉店してしまう。同社で働きつづける選択肢があったにもかかわらず、起業に駆り立てた動機は何だったのか。
 「知り合いに独立したいと話したところ、縮小が見込まれる業界で会社を興すのは厳しいのでは、との意見が大半でした。ただ、会社員時代に培った経験と人脈を生かして、自分の力を試してみたいという思いが強かった。個人客でなく自動車販売店を対象とするビジネスなら、のびしろはあるという確信もありました」
 とはいえ徒手空拳のスタート。ヒト、モノ、カネの見通しが必要だ。独立当初、自宅を拠点に活動していた松原社長が真っ先に連絡した人物がいる。フロントフォワードを創業来支援している石塚啓治顧問税理士だ。「自宅の近所に石塚先生の事務所があり、いずれ起業した暁にはお世話になろうと決めていました」(松原社長)。石塚税理士が注力している業務の一つに創業計画に基づく会社設立、開業支援がある。石塚氏は創業計画策定の意義を強調する。
 「一般的に会社が創業後、生存している確率は、3年後は約5割、10年後には約1割まで落ち込むといわれています。経営者の漠然とした夢をかたちに落とし込むのが創業計画です。創業に必要な資金と設備計画はもちろん、売り上げ、仕入れ、人材採用計画を数値化し、具体的な行動計画に落とし込めば生存率は高まります」
 松原社長は石塚税理士と面談を重ね、自身が構想するビジネスモデルを説明するとともに、商品別の利益率をふまえた売り上げ、行動計画をつくり上げていった。計画策定時に何より重視したのは、限界利益のコンスタントな確保。商品の回転率を上げ、在庫を最小限に抑えることを目標に据えた。主要顧客の売上金回収サイトが60日である点を念頭に置いて資金計画を策定するなど、資金繰りへの目配りもぬかりなかった。
 「創業計画を策定してみると、目標数値と行動計画が明確になり、目標達成に向けたモチベーションが生まれました。さらにTKC自計化システムの『FX2』に創業計画の目標数値を読み込んで実績と比較することで、売り上げと限界利益を毎月把握できるようになった。創業計画を策定していなければ、今日まで事業を続けるのは厳しかったと思います」(松原社長)
 
■「従業員に報酬で報いたい」

 「前月の売上高は目標比101・8%でした。この結果をどう分析されていますか」
 「お盆明け以降、商品の取り付け依頼が増えたことが売り上げを押し上げた要因ととらえています」
 浜松市内にあるフロントフォワード事務所。9月上旬、松原社長と石塚税理士の間でこんなやり取りが交わされていた。毎月開催している業績検討会のひとコマである。決算を翌月末にひかえ、話題はその見通しにおよぶ。
 「限界利益も前年同月および目標額を上回って推移していて、今期も黒字で着地できそうですね」
 「仕入れ価格が高騰しており、限界利益の確保が難しくなっています。固定費をコントロールしつつ、月次で引き続き黒字決算を維持できるよう取り組みます」
 松原社長が財務管理面で心がけているのは、赤字に陥る月を発生させないこと。根底にあるのは、従業員の雇用と生活を守り抜く意志だ。商品取り付けを担う従業員の中には、前職時代目にかけていた部下もいる。創業来、苦楽を共にしてきた従業員に寄せる思いはひときわ強い。
 「それなりの規模の会社を退職して創業したての当社に入社してくれたわけですから、少しでも報酬面で報いたいという気持ちがあります。そのためには限界利益を日々注視して、黒字決算を毎月続ける必要があるんです」
 石塚税理士も月次決算の重要性をこう説く。
 「創業計画を絵に描いた餅にしないためには、最新の業績をつかんで計画とのかい離を確認することが肝要です。われわれの事務所では顧問先さまを毎月訪問し、経営計画と業績を照らし合わせる月次巡回監査を標準業務にしています。打ち手を検討し、着実に実行するサイクルを継続していけば、夢はやがて現実のものとなります」
 創業計画に記した6年目を経過した現在は、短期経営計画を毎年策定し、月次で目標への進捗を確認して、軌道修正を図っている。
 
■迅速な資金調達を実現

 こうした経営計画と月次決算を基盤に据えた経営が効力を発揮したのが、コロナ禍での資金調達だった。あらゆるモノの流れが滞り、カー用品の仕入れもストップする。「カーナビなど1台でも入荷したらすぐに教えてほしいと取引先に依頼していました」と松原社長は振りかえる。石塚税理士は、メインバンクである浜松いわた信用金庫への運転資金の借り入れを提案する。実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」の活用である。
 「借り入れを申し込んだところ、スピーディーに融資していただけたのには驚きました。業績データを毎月開示していたおかげかもしれません。将来を見通せず不安に感じていましたが、資金を速やかに調達でき、危機を何とか乗り越えられました」(松原社長)
 同社は月次巡回監査終了後、「TKCモニタリング情報サービス」(MIS)を活用して、同信用金庫に月次試算表データを毎月送信していた。
 浜松いわた信用金庫の小栗広紀係長はこう評する。
「フロントフォワードさまは、以前からMISで業績データを送信されており、当庫で売り上げや資金の推移を把握していました。タイムリーに情報を提供いただけると、課題に即した解決策を提案できるのでありがたいです」
 カー用品業界を取り巻く経営環境は、半導体不足やカーディーラーでの車載商品装着率の上昇など楽観できない。ただ松原社長は「整備士不足は当面終息せず、取り付けニーズの開拓余地はある」と強気だ。まもなく創業丸7年を迎える同社は、経営計画を羅針盤に道を切りひらいてゆく。

9月23日に放映されましたBS11特別番組「ドキュメント戦略経営者 未来を切り拓く-経営者と税理士の挑戦」の動画が以下のURLから視聴可能です。
https://www.tkc.jp/tkcnf/movie/bs11_senkei/


TKC「会計で会社を強くする」